命のリレー

 「爽やかな暑さ」の札幌です。天気予報で聞いた表現ですが、ちょっと違和感を感じました。でも、確かにカラッと爽やかで、でも気温はそこそこ上がって暑い。どんな表現がピッタリくるんでしょうか。。。

 昨日検診に行ってきました。標準的な大きさ、順調だそうです。お盆頃から胎動も感じるようになりました。最初は稚魚が卵の中で動き出したようなくすぐったいごにょっといった感触でした。それが2週間で、ぴちっと跳ねるような勢いのある感覚に。我がおなかの中で起こっている神秘。不思議で愛しいです。




 お盆に実家に帰って、祖母とお別れをしてきました。とはいえ、やはり葬儀に出なかったせいか、私の中で祖母への思いは何も変わりませんでした。
d0016007_20164628.jpg 「千の風になって」という曲が今沢山の人を癒していますが、私はあの詞を実感します。祖母の闘病生活の終わり頃は、本当に痛く苦しんだそうです。その苦しみからやっと解き放たれ、自由に大切な人たちに寄り添っているように思うのです。実際、祖母の葬儀後、私のつわりはらくになりました。同じ時期、もともと悪かった心臓を大手術することになった伯父もまた、祖母の葬儀後、経過が良くなったそうです。祖母は、私たちの苦しみごと持っていってくれたようでした。きっとこれからは、来たことのない札幌にも自由にやってきてくれることでしょう。なんだか私にはそう思えて、ちっとも寂しくないのです。

 つわりで苦しかった頃、毎日のように、母から様々な思いのメールが届きました。正直私には非常に重いものでした。「つわりの時期って、普通、親に甘えられるものじゃないの」と恨み言の一つも言いたくなるほどでした。しかし、苦しい私を癒してくれたのも祖母の言葉でした。薬のせいで少しぼけたようになってしまった祖母が、時々正気を取り戻した時に私を気遣ってくれたんだそうです。その中でも私の励みになったものがあります。

 「みかんはわしによう似とる。わしが20歳で嫁に来て、子どもが出来ては流れて、やっと長女が生まれた時は、お父ちゃんが小さいあの子を抱いて、近所に見せにまわったもんよ。」

 当時の私は2度の流産の記憶からくる「また」という不安にいつもつぶされそうでした。でも、この言葉を聞いたとき、「あぁ、今回は大丈夫」と思えたんです。私は祖母に似ているんですから。祖母も伯母と母という2人の子を育てた人です。そして何より、そんな祖母の命のバトンを握っておなかの赤ちゃんは生まれてくるんです。祖母が絶対守ってくれる、そう思えてなりません。

 出来れば生まれてくるひ孫を生きている間に見せてあげたかった。でも、1度も「子どもはまだ?」と言わなかった人です。それどころか、「居らんかったら居らんでらくでええの。こうやってすぐ帰って来れるし。子どもが居ったらこうはいかんけんの。」という人でした。本心かどうかは分かりません。でも、気持ちがらくだったのは確かです。時々、こうして私の心をらくにしてくれた祖母。どうか遠慮なく、ひ孫に会いに来てやって下さい。

 生と死と、同じ時に経験することになりました。でも悲しさが少なくて済んだこの巡りあわせにも、偶然ではなく、こうなるべくしてなったようで、感謝しています。
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by haretahi | 2007-08-29 20:37 | 日々の暮らし
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